札幌地方裁判所小樽支部 昭和39年(わ)188号 判決 1965年2月16日
被告人 西部竹春
昭一四・四・一九生 作業員
主文
被告人を懲役七年に処する。
未決勾留日数中六〇日を右本刑に算入する。
理由
(罪となるべき事実)
被告人は小樽市若竹町所在近藤工業株式会社に雇われ、免許を得て自動車運転の業務に従事しているものであるところ、昭和三九年九月三日夜、市内の盛場に出て飲酒した後、
第一 翌四日午前零時四五分頃、普通貨物自動車を運転して、同市稲穂町にある幅員約一一米、アスフアルトで舗装され、歩車道の区別のない通称都通りの中央附近を時速約六〇粁で北進し、同市稲穂町西六丁目一番地に差しかかつたが夜間のため前方の見透しが十分でないばかりか降雨のため路面が湿つていてスリツプし易い状態であり、殊に前方には小樽駅に通ずる道路があつてこれと交差点を形成していたから、このような場所および状況下において自動車を運転する自動車運転手は前方注視に特段の注意を払うのはもちろん、前路の見透しと路面滑走等を考慮した安全な速度で運転し、もつて事故の発生を未然に防止すべき業務上当然の注意義務があるのに拘らず、酒の酔も手伝つて、右各義務に背き漫然前同一速度のまゝ前記交差点に進入しようとした過失により折から進路前方の同交差点南側横断歩道のやや南側において、西尾和子(一九才)、庄司ユリ子(一八才)の両女が道路横断のため左側から右側に向つて歩行しているのを予め発見して適切な措置を講ずることができず、同女らに約一〇米接近した際、はじめて道路のほゞ中央に進出している同女らを発見し、接触回避のためあわてて急停車の処置をとるとともにハンドルを左に切つたが間に合わず、右自動車の右前部附近を西尾和子に激突させて同女を路上にはね飛ばすと同時にスリツプのため左に約一八〇度廻転させて車体右後部附近を庄司ユリ子に衝突させて同女を転倒させ、よつて西尾和子に対し約五ヵ月の治療を要する頭蓋底骨折、頭蓋内出血等の傷害を、庄司ユリ子に対し頭蓋底骨折、蜘網膜下出血の傷害を負わせた
第二 前記日時、場所において、前記事故をひき起したのに驚き、右自動車を前記交差点内まで後退させたうえ、方向転換して南進逃走しようと考え、そのさい前記庄司ユリ子が前記事故のため自動車車体下に仰向けになつて転倒していたのに、同女は車体後部附近の路上に転倒しているかも知れないと推測し、もし、自動車を前記のように移動させるにおいては同女を轢殺するかも知れないと予想したが、逃走するためには右の結果を生じても止むを得ないととつさに決意し、あえて右自動車を約六米後進させ、次いで南進させたため前記交差点内においてその左後輪で同女の胸部を轢過し、よつて同女をして肝臓、肺臓破裂等により即死させた
第三前記第一記載のように交通事故により前記西尾和子らに対し前記のように傷害を与えたのに
(一) 直ちに同女らを救護する等の必要的措置を講じなかつた
(二) 小樽警察署小樽駅前巡査派出所勤務警察官北海道巡査遠藤鉄男が現場にいあわせたのに拘らず同警察官に対し、事故発生日時、場所等法令の定める事項を報告しなかつた
ものである。
(証拠の標目)(略)
(判示第二の所為につき被告人の殺意を認定した理由)
一、被告人において当時庄司ユリ子の身体が貨物自動車の車体後部附近に倒れているかも知れないと推測していたことは被告人の司法警察員に対する供述調書中、同人の供述として「車の後部が左側の方にまわりその時に右側のボデーの真中か、少しうしろあたりに何か『ごつん』とあたつた。それで私は『あつ今の女の人だな』と思つた。それはごつんとあたる直前に女の人の姿が車の右側運転台のすぐうしろですれすれによろけるようになつたのをちらと見たためである。それで私は車が止まつたのでどうなつたかなとガラスごしに見ようとしてガラスに頭をぶつけたがよく見えなかつた。しかし、車の近くの後の方に倒れているとは思つていた」旨の記載、被告人の検察官に対する供述調書中、同人の供述として、「もう一人の方は前述のように、自動車を廻転する際、車の右ボデー後部の辺りに衝突させ、それから左に一回転したためその婦人の方は車のすぐ後の路上の辺りに倒れているのではないかと思つた。私がそのように思うのは同女を車の右ボデーで衝突させたままで左廻転したので同女はその場に倒れておれば車のすぐ後辺りに倒れていると考えた事と車の運転台から車の左右をのぞいてみたとき左右の路上に見当らなかつたので車のすぐ後の辺りに倒れているなと思つた」旨の記載および当裁判所の検証調書、司法巡査作成の実況見分調書(二通)に現われた本件事故現場の状況、事故発生当時の被害者と自動車との位置関係等を綜合して認定することができる。
(前記各供述調書中の被告人の各供述部分の措信するに足るものであることは一般に判示のような幅員および降雨で湿つているアスフアルト道路の中央部を時速約六〇粁で走行して来た普通貨物自動車が路上で急ブレーキをかけると同時にハンドルを左にきり車を半回転させた場合、道路中央部附近を歩いている者に、少なくとも右半回転の際激突させ、自動車の後部附近にはねとばしたと予測することはあながち不自然ではないことと、庄司ユリ子の身体が判示のとおり実際は自動車の車体下にあつたのにこれと異なる被告人の供述が任意に捜査官に対してなされていること等に徴し明らかである。)
二、被告人が貨物自動車を後進させ又は方向転換のうえ前進させるにおいては、庄司ユリ子に対し再び傷害を与え同女を死にいたらしめるかも知れないと思いながらあえて右結果の発生を容認し本件所為に出たものであることは被告人が前認定のとおり庄司ユリ子が自動車車体後部附近に倒れているものと推測しながら敢えて自動車を後進させた上更に南進逃走した事実に被告人の検察官に対する供述調書中、同人の供述として、「車をバツクさせて都通り方向に逃げれば、車体のすぐ後の辺りに倒れていると思つた女の人を轢き殺してしまうかもしれないという無気味な予感もしたが、当時はどうしても逃げたい気持で一杯であつたから、轢殺するようなことがあつても止むをえない。逃げようと夢中に考え車をいきなり五、六米位ハンドルを左にきりつつバツクさせた」旨および「車前部が都通りに向くと同時に都通り方向に向け車を前進させた」旨の各記載を併せるときは、これを認めるに十分である。
被告人は当公判廷において「突然の事故のため気が動てんし、恐怖感におそわれたのと飲酒のため若干気が大きくなつていたことも手伝つて一途に逃走することに気をとられていたので庄司を轢殺しても止むをえないと考えたのではない」旨弁解供述するけれどもかかる被告人の弁解は前顕証拠に照らし当裁判所はこれを採用しない。
三、従つて被告人には犯行当時庄司ユリ子に対し轢殺の未必的な故意があつたものと認定するのが相当である。
(法令の適用)
被告人の判示第一の両女に対する所為はいずれも刑法第二一一条前段、罰金等臨時措置法第三条第一項第一号に、判示第二の所為は刑法第一九九条に、判示第三の(一)の所為は道路交通法第七二条第一項前段、第一一七条に、判示第三の(二)の所為は同法第七二条第一項後段、第一一九条第一項第一〇号に該当するが、判示第一の所為は一個の行為で二個の罪名にふれる場合であるから、刑法第五四条第一項前段、第一〇条により犯情の重い庄司ユリ子に対する業務上過失傷害罪の刑に従い処断するところ、その量刑にあたつては、被告人はこれまで速度違反、徐行義務違反等を含む交通法規違反の前科が七犯あるのにかかわらず、なんら反省するところなく、飲酒のうえ高速度運転をなし、かつ前方注視を怠つたため本件重大事故をひき起したものであつて、その際被害者救護の措置に思いを致すことなく、ひたすら自己の責任を免れることのみを考え、たまたま現場を目撃した警察官の懸命な制止に耳をかすこともなくその場より逃走したこと、被害者西尾は幸い一命はとりとめたものの入院、加療等で約四ヵ月余を経た今日においてもなお頭痛や耳鳴りに悩まされ、全治の見込すらたたず生計にも苦しんでいること、被告人は身柄拘束中であるとはいえ被害者またはその遺族に対し、何等の慰藉の途も講じていないことその他審理に現われた諸般の事情を併せ考え所定刑中判示第一の罪につき禁錮刑を判示第二の罪につき有期懲役刑を、判示第三の各罪につきいずれも懲役刑を選択し、以上は同法第四五条前段の併合罪であるから同法第四七条本文、第一〇条により最も重い判示第二の罪の刑に同法第四七条但書、第一四条の制限に従い法定の加重をし、その刑期の範囲内で被告人を懲役七年に処し、同法第二一条を適用して未決勾留日数中六〇日を右本刑に算入し、訴訟費用は、刑事訴訟法第一八一条第一項但書により被告人に負担させないこととする。
よつて主文のとおり判決する。
(裁判官 大賀遼作 太田実 佐藤寿一)